自宅の近くに大きな木がある。
「杉並区貴重木」と札が付けられたその木を毎朝見上げながら通り過ぎる。
大きさは10m以上あるだろうか、直立不動のようにぐーっと真っ直ぐ伸びている。それが路地に入って住宅の中、突如として視界に入ってくるから、引越してきた当初見た時は驚いた。
立派な木だなと思った。
真横には二階建てのアパートがあり、すぐ後ろには駐車スペースが設けられてる。
目の前は道路になっていて、電線は何本も交差している。(ちなみに、少しでも木にダメージを与えないように東電が配慮し、この箇所の電線を道路側にずらしていたそうだ。)
そんな環境でも静かに、でもどこか威厳さえ感じさせるその姿がなんか立派だった。
時折写真を撮ったりもした。
普段はあまり意識しないものだけど、写真で見返すと、四季によって移ろう木の循環は明らかだった。
その木に今朝、チェーンソーの刃が入っていた。
ウオオオン!というけたたましい音と共に、風で木屑が舞っていた。
遠くからでも分かるその光景に一瞬「えっ」となった。
すぐには状況を飲み込めず、立ち止まってしばらく見てた。
いくら考えても理由が分からず、近くにいた年配の女性に「どうしてこの木を切ってるんですか」と訊いた。
そしたら、少し前から根本にキノコの菌が繁殖し、それが進行して根が腐朽し、やむなく伐採しているとのことだった。
気が付いたときにはもうどうにもできない状態だったらしく、そのままにしておくと倒木の可能性もある為、業者に連絡したそうだ。
住宅が密集しているから最悪の事態は避けなければならない、根ごと別の場所に移動するにも、道幅や、その木自体の大きさゆえに難しいらしかった。
その説明を聞いている間も切断されていく。
伐採した後は製材されて木材として利用されるのかと思ったけど、どうやらこの木は材質が柔らかく、利用範囲が限られる為に、今回はそのまま処分されるらしい。
年配の女性は「せっかくだし椅子にでもしてもらおうかしら」なんて言っていたけど。
木の名前はメタセコイヤ
ヒノキ科メタセコイア属の落葉樹。
古くに絶滅した種だとされていたらしいが、1945年に中国で発見され、現存することが明らかになってからは「生きた化石」なんて呼ばれていたそうだ。
その生きた化石が今の杉並区の住宅街の中に植えられたのは昭和25年、まだ当時は50cmくらいの大きさだったらしい。
それからおよそ70年の歳月をかけて10m超の大きさにまで育ち、杉並区貴重木と呼ばれるまでに至った。
(ちなみに杉並区貴重とは、
区内の特に貴重な巨木や珍木等を、区民共通の財産として後世に引き継ぐため、所有者と協定を締結し、独自の支援を導入し保全する制度。ー杉並区公式HPより)
伐採された木がどうなったのか知らない。
年配の女性だっておおよその見当で話していただろうし、その後の行方は分からないだろう。
でも目の前にある木が、見上げられなくなってしまったのは確かで。
「無くしたものを数えるより、これから得るものを大切にしていこう」ってのは、昔どっかの本かドラマで聞いたような言葉なんだけど、それを繰り返し、繰り返す。
道すがらある景色はいつまで経っても消えない。