初体験

小学5年生の頃、山の教室なる行事があった。

静岡市の山の中にある宿泊施設で、一泊二日の体験学習をするというもので、同級生の皆と一緒に料理をしたりハイキングしたり、小学生の時分からしたらそれはそれは楽しい一大イベントだった。

 

日中に沢山活動をし、夕飯を終えて疲れて部屋に戻っても枕投げでまた盛り上がり、就寝の時間が近づいているのも関係なく、普段の学校とは違う雰囲気にワイワイガヤガヤは収まる気配がなかった。

なにより、この後に控えているお泊まり恒例の”好きな子誰?”タイムに内心そわそわしていた。

 

22時を過ぎ、巡回の先生の指示で皆で歯磨きをするため手洗い場へ向かった。

 

山の教室というだけあり、窓の外は林になっていて外灯もなく、夜になると昼間歩いていた道も真っ暗で、目を凝らしてもどこにあるのか分からないほどだった。

秋も中頃になり冷え込んでいたせいか急に寒気を感じ、早々に歯磨きを済ませて部屋に戻ろうとした時、友達の一人が「あれ?なんだあれ」と窓の外を指差していた。

その指の先、覗くようにして下を見ると、自分たちのいる建物の壁沿いにぼんやりと、人の影みたいなものがあるのが分かった。

「おわっ」

誰かが驚いて声を出したのにつられ、自分も思わず窓から離れた。

それでも一瞬のうちに焼きついたのは、それが学校の先生でも、施設の職員でもないという確かな直感だった。真っ暗ではっきりとは見えないまでも、窓からこぼれる薄明かりの中、こちらをじっと覗き返すような、そんな気味の悪い"何か"を感じたからだ。

 

消灯後も布団に潜ったまま、なかなか寝付くことができずに朝を迎えた。

 

さっさと布団を畳んでリュックの整頓をしている人や、まだ寝転んでふざけあってる人たちもいたりして、まるで昨夜の出来事は夢だったかのように日常だった。

手洗い場には数人がとりとめのない立ち話をしていた。窓からは陽の光と涼風が入り込み、チュンチュンと鳥の鳴き声も聞こえてくる。なんとも気持ちのいい光景に、少し、安心した。

 

明るければ平気。 そう思い、昨日の指差していた場所をもう一度覗いてみた。

誰もいない。もちろん人影らしきものもない。しかし、草木が生い茂るその中に、何か赤色の物体が見えた。明らかに周囲の景色からは浮いていて、遠目からでも分かる人工的な形。よく目を凝らすとそれは、普段神社の入口で見慣れているものとは違う、とても小さな鳥居だった。