ユニーク

unicoコラボアイテムの販売期間が終わりました。

ご購入いただいた皆さま、ありがとうございました。惜しくも購入できずに予約をして只今待っている皆さま、すみません、もうしばらくお待ちください。そしてお世話になったunicoの皆さま、重ね重ね感謝いたします。

 

(ここから1400文字くらい自慢)

 

まさかの反響の大きさに自分も、unicoの社員さんや店舗のスタッフの方たちも喜び戸惑っていました。

初日で商品の半分近くが売切れになってしまい、個数限定で制作した彫刻作品にいたってはオンラインで公開10分と経たずに完売。新宿・横浜・梅田の店舗に各8体ずつ展示していたものも、ほとんど売れてしまうという事態に。当初、unicoの社員さんと打ち合わせしていた時に「当社で扱うものとしてはかなり単価が高いので...」と少し懸念している様子もあったのだけど、蓋を開けてみたらどうでしょう、結果を十分過ぎるほどに出しました!!やったー!

 

さらに3日後には店頭で展開する商品が無くなり、補充するための本社在庫も確保できないということで、仕方なく平台を畳まざるを得ない事態。その後も再入荷の問い合わせが連日続くため、コラボアイテムでは異例の予約販売を開始。それも想定していた数より多くなってしまったため、早々に対応の期日を締め切ることに。そういうの全部ひっくるめてunicoコラボ史上前代未聞らしく、いつもメールでやりとりする際は淡々とした事務的な文章の社員さんが、「いやいやこれは好調どころの騒ぎではないですよ!!予想していた上の上の上でした!」と興奮を露わにするほどで、流石にこれはお世辞ではなさそうだ...。ということで、そんなん報告された日にはそりゃ気持ちいいですよ。

有頂天。歓喜乾杯にやけ顔。優越感いや、達成感。

 

もちろん、それを受け入れてくれた人たちあっての成果であることは承知しているし、「unico」というどでかい看板に乗っかっているからこその効果。工場で生産する人、パッケージを作る人、宣伝する人、運ぶ人、並べて販売する人、他にもたくさんの人が動いたからこそってのは重々自戒していますが、こんな場所で今回くらいはいいじゃない!俺だって頑張ったよ、

 

例えば今回のコラボを初めて告知する際、どの温度感で文章を組んだらいいのか考えて考えていたら深夜3時過ぎ。嬉しさ溢れる高いテンションでいくのか、あえて情報だけをちゃんと伝える言葉組みでいくのか、unicoからもらった材料から載せる写真のセレクト、その順番なんかも考えて、とにかくメモアプリと睨めっこしながらあーでもないこーでもないを数時間。結局は作りすぎない素直な言い方が一番伝わるだろうということで、現在公開されている感じに落ち着いたのだけど。

あとは、今までコラボしていた人がどういうアプローチで臨んでいたのか、そのイラストだけでなく文章とかも全部調べて、「もっとこうしたほうがいいのに」と感じた点はなんとなく記憶にストックして、で実際に何店舗か見て回って、店員さんやその場の雰囲気、置かれてある雑貨の系統なんかも頭に入れたりして、そういうのは全部絵を描く際に多少なりとも影響していたはずで。で、僕は制作に集中するときは下書きとかしないで瞬間瞬間の感覚を大事にしているんですが、その前段階にはこういう色んな細かい積み重ねがあるですよ。

 

今年入ってから友達と遊ぶこともなく部屋の中でずっと、ずっとこのunicoコラボと向かい合ってきたので(他の制作とも並行しながら)、せめてこのくらいの文字数は浸らせてほしい。

unicoコラボのタグでボツにした月と太陽の絵。最初の写真の絵は採用したもの。

 

彫刻を各店舗へ送る際に同封したメッセージカード。

取扱いに神経使うだろうし、最後までどうかよろしくお願いしますの気持ちで。書店によく飾られてる著者のサイン色紙みたいなノリ。

 

 

で、最後は制作途中に描いたラフから一部掲載。

 

 

去年の夏頃に構想開始。

自分の描く絵が、商品として大量に印刷、生産されるってどういう感じなのか、手を動かしながら探っていく。

 

思いついた言葉をとりあえず書き出していく。どんなタイミングでも、どんな場所でも。

他の制作においてもこの作業は必ずやる。昔から言葉(文字というか、それがもつ意味というか)が好きなので言葉と並行していないと自分で納得するものが出てこない。

 

キャラクターとはつまるところ無用の長物だとか、なんか見渡せば毒はおろか薬にもならないイラストばっかりで嫌になるなとか、はたまたいつかの失恋ソングみたいなことを考えながら書いたりしています。

ここで「家にいよう 外にいこう」という言葉が出てきた。語感もそうだけど、今考えてることが言葉になっていていいなと思い、他の表記も試してみる。

 

「Feel」もいいなと思って、それで架空ポスターを描いてみる。

オーガニック系ブランドのイメージ。

 

正直、このくまとペンギンの絵は自分の中でかなりグッときた。イラストとして使おうとか、コラボ自体のメインビジュアルになりそうとか思わないで何気なく描いていたのだけど、描き終わってふと見てたら、これじゃん!これでいけるじゃん!って思った。何がいけるのかは分からないけど、こういう時っていきなり視界が開けたような感覚になる。まあ結果としては使われていないのでそういうことなんだけど、一応最終選考までは粘りました。

My Little Loverの「Hello, Again 〜昔からある場所〜」が突然頭の中に浮かんできて、この日はずっと歌いながら描いていました。

 

ASOBI

 

ここらで一旦案に行き詰まり、何これ?みたいなのが混じっている。

 

 

以上です。

なんというか、多くの人が関わる企業との仕事では、その過程において生じる"温度感"みたいなものを伝えられる機会ってあんまりないと思うので、こうしてラフを公開することで各商品に対し、より愛着を持ってもらえたらいいなと思います。

(ちなみにテーマ考案もメインビジュアル描くのも、unico側から要請されたものじゃなく、僕個人が勝手に張りきっただけのものです。結果一つも採用とはなりませんでしたが、そのくらい気持ち込めていますってことで。暑苦しく聞こえてないといいけど)

 

5月、6月、飛んで9月、10月と告知することが控えています。どれもきっと驚いてもらえるんじゃないかと、内心ワクワクしています。特に手前にある5月の発表は、本当に最高な人たちとグッドなものをつくれたと思うので楽しみにしていて下さい。

 

 

 

 

 

unicoでは「自分らしくいられる心地良い空間づくり」というコンセプトを大切にしながら、 トレンドやニーズを取り入れたオリジナルの家具やファブリック、セレクト雑貨などのアイテムを豊富に取りそろえています。 あなたにとっての「たったひとつの大切なもの」を見つけてみてください。ブランド名のunico(ウニコ)は、イタリア語で「たったひとつの」「大切な」「ユニークな」などの意味をもつ言葉。

人間讃歌

なんだかんだで3月も、もう半ばになろうとしている。とてもとても早い。身体はお構いなしに時間の影響を受け入れるけど、気持ちはまったく追いつけないでいる。

やっぱり今年も暖冬なのねと思っていたら、また最近は冷えこんできて眠りにつくのが遅くなりがちだし、おまけに花粉も大サービスしてくれるもんだから困っている。あっもういいです、十分です、、って言っているのに鼻水も目水も際限なく刺激され流れてくる。

1日の大半を家で過ごしているので、他の人の視線やタイミングなどを気にすることなくいつでも鼻をかめるし、いつでも気持ちよくくしゃみができる。それだけが唯一の救い。

 

さかのぼって2月は地道な制作の日々でした。

先日発表したMy Hair is Badの配信シングル「太陽」のジャケットとか、まだ未発表の仕事がたまたま2件並行して最後の詰め作業になったり、でも仕事とは関係ない絵も息抜きに描きたいから描いて、早いうちに確定申告も済ましとこうと思ってパソコンと睨めっこしながら集中したり、それはもう、それはもうでした。そりゃリバウンドもするよ。

 

というかマイヘアの仕事は結構急に決まって、まさか自分がそこと接点を持つ日が来るとは思わなかった。いつもだったら静観しているような人たちからも珍しく反響があったし、やっぱり影響力あるんだなーと思った。ジャケになっている太陽の絵、あれのトリミングする前のA4サイズの原画もいい感じだから近いうちに公開したい。ついでにボツになった絵もいくつかあって、それも可愛いのでぜひ見てほしい。

1月。

色々あったけど、そういうのとは関係なく突拍子もなく「SNSやめてみよ」キャンペーンを始めた。誰に宣言するでもなく勝手に。そもそも新年のあけまして〜をネット上で交わし合うノリが好きじゃないから何日かは静かにしておこうと思ったのだけど、放置してたらなんだかそのまま使わないでもいいやってなってきて、そうして気がつけば2月の終わりになっていた。中学生の頃、ちょっとしたことをきっかけに引きこもりになった経緯とよく似ているなと、今書きながら思った。

3月に告知することが控えてたのでそのタイミングに合わせて再開をし、今はまた楽しくギャンブルしています。

 

あとはジョジョを読みました。ジョジョの奇妙な冒険。

今まで何度かチャレンジして一巻を読んでみたものの、絵柄の濃さが受け付けなくて毎回途中でリタイヤしていた。でもなぜかこれも不意に、そういやジョジョをちゃんと読んだことなかったなと思いTSUTAYAに行って20冊レンタル。腰を据えて読む。これが年をとったからなのか、読みづらさを感じることなくどんどんページが進む。

10代の頃から散々見てきたネットミーム化したセリフや効果音、それらが出てくるたびに「おお!ここで出てくるのか」とうれし驚きの答え合わせのように楽しんでいる自分がいた。

学生の頃に好きだった「遊☆戯☆王」とか「幽☆遊☆白書」とか、ジョジョの影響めっちゃ受けてたんだなと今更に知った。

あっという間に借りた20冊を読み終わり、また次の20冊を借りに行った。で、その繰り返しで第6部のストーンオーシャンまで読み終わり、そこで一旦やめにした。面白いけど、流石に80巻、17年分の漫画を連続して読むのは疲れた。

色々好きなところはあったけど、ずっと手書きでやっているところにグッときた。背景やトーン処理とかのアシスタント作業は一部デジタルを取り込んでいるみたいだけど、キャラクターは全てアナログらしく、それがゆえの緊張感と、いい意味の粗さが線に宿っていて、ちゃんと記憶に残る絵だなと思った。

全体に底通しているテーマが「人間讃歌」っていうのも好きだった。少し違うけどエレカシの曲でも「生命賛歌」っていうのがあって、どちらも普段は聴き慣れない言葉だけど、こういう土くさい根源的な意味合いの言葉はいい。自分も作品としてぶつけたい。

そしてそして来週、一年以上かけて取り組んできた仕事をようやく発表できます。

楽しみだし、お楽しみに。

 

まあプロなんで

朝9時。

家のピンポンが鳴り、ドアを開けると施工業者の人たちが「おはようございます!本日はよろしくお願いします!!」と第一声。目の覚めるような快活さ。

いくら今回の主役が自分でないとはいえ、起き抜け寝癖全開で出迎えるのもなんか嫌だなと思って、いつもより早めに起きてシャワーを浴び、シャキッとした気持ちで準備していたつもりだったのにそれを上回る声の力。職人さんの朝は早い。

 

こちらこそお世話になりますと返しつつ、早速問題のある箇所へと案内をする。そこは作品制作のための部屋で、普段は画材やら資料やらが散乱している。おまけに床は乾いた絵の具まみれのビニールシートを敷いているので、とても人を招き入れるような状態じゃない。なので前々日から片付けをし、掃除機をかけて雑巾がけをして、よく換気をしつつ、業者が到着する数分前には消臭スプレーまで噴射しておいた。彼女か。

 

遡れば2週間ほど前、住んでいるアパートの下の階の部屋で雨漏りが起きているらしく、その原因が自分の部屋のベランダにある電気温水器の配管劣化にあるということで、急遽業者とやり取りをして施工日を決めたのだった。

 

あれよあれよという間に床や壁が養生され工事は始まった。

工事している間、鍵を渡してもらえれば外出していても大丈夫ですよとは伝えられていたものの、なんかやっぱり他人が家にいる状態で留守にすることはできんなーと思い、隣の部屋にスケッチブックとペンを持っていき絵を描きながら待つことにした。

 

ギィィィィィィ!ガンッガンッガンッ!トントントントントン!スチューチューチュー!

床を剥がす音、木材を切る音、何かを叩く音、ゴミを吸い取る音、通常ならとっくに騒音で訴えられるレベルの音たちが次から次へとオーケストラ。最初こそ、おおっと驚いてそわそわしていたものの、次第に慣れてくると気にせず絵を描くことに集中できるようになった。

道具を取りにいったり戻ってきたり、その度に玄関が開け閉めされて一瞬だけ風の通り道が生まれる。その時に少しだけ何かをバーナーで焼いたような匂いがして顔を上げたけれど、養生シートで囲まれた部屋の様子は窺い知ることができなかった。

 

しばらくして現場監督の人が声をかけてきた。

「すべて終わりましたので、最後に現状の確認だけ一緒にお願いします」

え?もう?まだ2時間くらいしか経ってないけど。事前には9時から17時くらいまでを目安にみといてくださいって言ってたのに、まだ11時過ぎですよ。え???

そう思いながら、すっかり養生も回収されて何事もなかったかのように片付けられた部屋を見て再度驚く。ひとつひとつ工事した箇所を現場監督が説明してくれている間も、思考の半分は(なんでこんなに早いの?)という疑問が頭の中で反芻していた。

 

説明も終わり最後に、何か質問などありますか?と訊かれたので、率直に「なんでこんなに早く終わったんですか?事前の話だと夕方くらいまで」と言っている途中に現場監督は少しはにかみながら、でも当然ですよといった感じで「まあプロなんで」と短く答えた。

 

まあプロなんで。

 

なんてかっこいい響き!

プロ、プロとは、そんな表面的な意味のことはどうでもよくて、単純にその言葉を嫌味なくスパッと言い切れるほどの裏打ちされた経験を想像して感動した。しわの数だけじゃないけど、こういう、人のぶ厚さに触れることができたのは久々だったし、自分も今はまだまだ半人前でも、いつかこう言える人になりたいよなあとしみじみ思った。

さすがに14年絵を描き続けてきてアマチュアと自分のことを位置づけするのも変だけど、かといってプロでございってな立ち振る舞いもなんだか落ち着かない。というか意識してそういう立ち振る舞いしてる奴も奴で好きじゃないから憧れない。たいてい作品もつまらないし。

ってか34歳にしてまだこんな入り組んだ思考してるのがそもそも間違いなんじゃないかって気もするけど、気もするけど、そういうストレスなしに大きな面白には出会えないんだろうし、この道なかばに思える狭間みたいな期間が一番重要なんだろな。

 

確定申告したり、まだ発表前の企業との仕事をちまちま進めたり、大雪の長野県に行ったり、少しリバウンドしたりしながらも生活はあって。

そんなこんなでこれからまた、認知されるために作品投稿していきたいと思います。

 

手のひらの光

明日は今年最後の日。でも、ずっと続く毎日の中のひとつ。なにかある気がするけど結局、なんでもないようなことだらけのなんてことのない日。蕎麦食って、初詣行って、実家帰って、んで親戚の家に挨拶したり墓参りしたり、駅前の商店街を散策したり、そんなことをしてたら三が日もあっという間に終わる。

 

展示やら仕事やらをたくさんやった気がする今年は、個人の範囲ではダイエットのために食事制限をしたり運動をしたり、このブログを再開したりもした。何かをやり始めることは億劫だし、その意味を求めだすと面倒にもなるけど、やり続けるとそれらマイナスの感情がプラスに転化する瞬間があるから嬉しい。誰かから与えられるものではなく、内側から滲み出てくるご褒美みたいなもの。

 

今日はこれから池袋にて大学の同級生と焼肉。年に一、二回しか会わないので、とりあえずの近況報告が終わるとあとはいつもの思い出話に落ち着く。大学生時代の失敗話。互いに普段から連絡もしないので共通の話題がそれくらいしかない。けれど毎回同じ箇所で笑って、その度に「この話毎年してるよな」ってまた笑っている。同級生ってこんなもんかって思うし、この積み重ねでじじいになっていくんだなって変に達観した気にもなる。

俺の作家としての活動にもさして興味を示してくれないし、こんなに頑張ってるのだからもっと褒めてほしいって思う時もあるけど、なぜか嫌にはならない。というかそういう肩肘はらない空気感がむしろ心地よかったりもする。ありがたい場。

 

いつも部屋の中で制作をする日々。だから陽の光を感じたい。iPhoneでつかまえる手のひらの光。

 

また来年も人と関わっていきたい。その度に疑問に感じることや失敗や、自分の至らなさに直面するだろうけど、でもそれがない時間のつまらなさといったらない。ひとりが好きだけど、好きなことだけでは楽しいことは生まれないことも知ってる。

悩みながら怠けながらマイペースでやっていきます。

 

よいお年を。

星と舟

今回は先日12月13日(水)にリリースされた、みらんさんの新しいアルバム「WATASHIBOSHI」のジャケット制作について、完成までのラフを見ながら当時を振り返りたいと思います。

みらん 3rd ALBUM 「WATASHIBOSHI」

1.与えられる夜 
2.恋をして 
3.私のハート 
4.好きなように
5.もっとふたり 
6.夏の僕にも 
7.ドラゴンに出会う
8レモンの木 
9.海になる 
10.天使のキス

Art Direction, Design:多田優香 Illustration:近藤大輔

 

 

依頼をもらったのは今年の夏。高円寺で開催していた展示にマネージャーの中野さん、デザイナーの多田さん、みらんさん3人で来てくれて、そこでアルバムジャケット制作してくれませんか?と打診があり二つ返事で承諾をした。

まじか嬉しいなありがたいなという率直な気持ちと、活動を応援してるいちファンとしては、時期的にアルバム制作してる頃かもなーもしかしたら自分に声かかるかもなーと多少期待している下品さも持ち合わせていたので、その日は意気揚々と家まで帰ったのを覚えている。

 

制作に取り掛かる。

送ってもらったアルバムのタイトルとコンセプト、それに伴うなんとなくのイメージを元に絵を描いていく。そ!し!て!リリース前の音源を聴ける喜び。それを許された数少ないうちの1人という特別感にドキドキワクワク。姿勢を正して1曲目から10曲目まで、既出曲もこの並びの中にあるとまた違って聴こえてくる。アルバムという作品ならではの醍醐味。あっという間に聴き終わって、すぐさま1曲目に戻って「お〜」とか「うわ〜」とかこぼしながら仕事ということを忘れて普通に楽しむ。

リピートで聴きながら全体のテンションや雰囲気を想像する。

 

形のないものに形を与えていく作業。言葉では説明しきれないものを「これです!」とパッケージ化するのはとっても難しい。だからこそやり甲斐もあるし、何よりいろんな知恵と工夫が詰められた作品たちが目前に並べられてる。その一部と全体を何度も行き来しながら、眉間にシワを寄せてあーでもないこーでもないペンを動かす。絵はいつだって楽しそう。

 

「WATASHIBOSHI」というタイトルは、みらんさんが考えた造語。アルバム全体に底通する”私”や”星”といったテーマのほか、岸から岸へ人や物を乗せて運ぶ渡し舟のように、聞く人と曲とを繋ぐ役割としての願いも込められている。(”星を渡す”という意味でもあるし、そこらへんの細かなニュアンスはここじゃなく本人のインタビューを読んだ方がいい。「BIG UP!」と「niewmedia」に載っています。というか何よりもまず曲を聴いたほうがいい!)

 

七福神ならぬ七星人。

採用されないものでも浮かんだらとりあえず描いておく。

 

彫刻にするモチーフが星と舟なので、それをどう形にするのか迷う。

船頭が先導するで韻を踏んでいる。

 

舟の種類を考える。ボートのようなもの?クルーザーみたいにぐいぐい進むもの?素材感は?

その派生で波の用語を調べてメモをする。

 

加工には色気がないから、なるたけ手作業の感じを入れたい。でもそれだって誰もが考える方向ではあるから、どうやってその中でいい塩梅を目指すか、、

 

ここまでくると思い浮かぶことが堂々巡りしてきて、絵を描くことに逃げてます。

 

絵の周りにちょくちょく書いてあるメモは、その時ふと浮かんだ言葉たち。

もう昔からの癖で、いま見返すとなんか的外れの恥ずかしいこと書いてるなってのもあるけど、そういうのも大事だから意味があってもなくても記録するようにしている。制作の中盤以降はどうしても意識的に手や頭を動かすことが多くなってくるので、せめて入口は感性と衝動を尊重させたい。

 

なんか偉そうに書いてるけどこれも衝動。

 

波飛沫あげながらぐいぐい進む。

 

 

そしてそれから数日後、

どうしようかな、と考えながら絶対につくらない人喰い星を描く。

 

舟のデザインと配色の感じを探る。

 

それぞれの曲の歌詞から印象的な、絵にできそうな言葉をピックアップしてみる。

 

ここらへんはただ絵を描いてた。

 

歌詞から抜き出した言葉をもとに絵を描いて、それが何かに使えないか試しているところ。

 

ずっと平面で考えていても埒があかないし、納期も迫ってきてるということで、一回舟をつくってみることに。形にしてみてそこから見えてくる問題点もあるはず。

とりあえず形にはしたものの、これかなあ?という感じのまま試し撮り。

うーん、ボツ。

 

そして打ち合わせ。

 

たしかここで「ロマン」という要素が今回のアルバムジャケットでは必要ということをみらんさんが話していて、なるほど足りなかったのはそれだったか、と腑に落ちた記憶がある。

水面静かに浮かぶお椀のような、もしくはやわらかい三日月みたいな舟に、ちょこんと星が乗っているイメージ。周りにはなにもないけど寂しさではなく、そこには目に見えないけどたっぷりとした空間が漂っている。色は緑とピンクと白でパターンを試すことに。

ぐわーっと描いてぐわーっと提出!選ばれたのは、

 

このパターン

ちゃんとこの絵のムードを再現できるように気持ちを切り替えて、彫刻の制作にとりかかる。

 

 

最後に、舟の両端をくいっと上に反らす感じで調整したら形は完成。

色を塗って簡単に撮ってみる。

思っていたよりちゃんと再現できていて一安心。

ただ、自分の撮影環境ではジャケット使用に耐えうる素材を撮れないので、ここでデザイナーの多田さんにバトンタッチ。彫刻を送って写真撮影、そのままデザイン、入稿と作業は進んでいった。

 

そうして、出来あがったものがこちら。

まさか自分の彫刻の顔が、誰かの作品の顔にもなろうとは数年前には想像もしなかったことで。で、ここには沢山の想いが詰まっているわけですよ。そんなの当たり前だけど、そんなことにもまず感動する。だってアルバムっていったらアーティストにとって一つの到達点なわけで、そんな大切な場所に声をかけて貰えたことが嬉しい。そしてみらんさんは勿論のこと、会ったことは無いけどクレジットされているすべての人たちの時間と感情と言葉たちが集まっては磨かれ、そのうちに残った結晶がこうして世に出されるんだと思うと、やっぱり表現って面白い、作品制作ってすごいなあと物作り1年生みたいな感想を吐いてしまうわけです。

 

なのでね、読む読まないに関わらず、わざわざここまでスクロールして辿り着いたのならぜひ一度、アルバム聴いてみてください。

ギミック過多や時代分析だけのファストオマージュが目立つ中で、すごく実直でいいアルバムだと思います。この数ヶ月でもう100回以上は聴いてるけど、いまだに「もっとふたり」からの「夏の僕にも」の繋がりにはぐっとくるし、「レモンの木」の豊かさは聴き入っちゃうし、「天使のキス」で終わったあとまた「与えられる夜」から始まるリラックス感が好きだし、アルバムの中にあると「好きなように」のコミカルさが際立つなーとか思ったり。

もっと細かい箇所まであげたらキリないけど、そんくらい自分にとっても思い入れの強い制作でした。

 

とまあ長くなってきたので最後に、これは依頼されたわけじゃなく勝手気ままに、ジャケットに登場する星がアルバムの曲たちと出会いながら旅をする、というイメージで描いた絵です。

おわり。

ちらつくテレビを消そう

もう何回この文字を書いたか分からないけども、ここ一週間はずっと彫刻をつくっています。せっせせっせと、来年のある企画のためにこさえています。

 

年内中にもどこかのタイミングで新作をネットショップに掲載できたらと思う。今年はたくさん彫刻をつくったように感じるけど、そのほとんどは展示だったので、さっき確認してみたらネットショップに掲載したのは6月の一回だけだった。多分つくった数でいうと今年だけでも200体以上はあるけど、でもそのほとんどは実物を見てもらえる機会に恵まれたってことだから良い成果ではあるんだろうな。

 

来年どうするかなんて予定はまだ決まっていないけど、とりあえず引っ越しはするし、絵だけの展示もどこかでやりたい。誰も買いたいと思わない自分のためだけの絵。彫刻で認知される前はずっとそれをやってきたわけだし、自己中心的創作物がまわりまわって遠くの国の出来事にまで底通していたならそれは芸術のおかげだと思うし、狙わずに信じたい。

昨日まで暖かいと思っていたら急に冬の風で身体凍えたり、天気のいい日に急な通り雨で濡れてしまったり、物事の以前と以後の境目は誰の目にも見えなくて、そしていきなり訪れる。

そんなのちょっと冷静になってみたら当たり前のことだって笑い飛ばせるのに、用意もなく出くわした現象や出来事に感情はかくも簡単に左右される。

 

ほんとに勝手で、いい加減なもので、例えば満たされない気持ちが続くと元気がでないし、いつもなら気にならないようなことに苛立ってしまうことがある。それを他の人にぶつけてしまうこともあって、でも満たされた後に振り返ってみたら、なんてくだらない感情だったんだと後悔することも多々ある。原因がはっきりとわかっていればその対処も明確だけど、このモヤモヤには一体何をすれば解消できるのかわからない状態は大変。

 

食事なのか、睡眠なのか、性欲なのか、運動不足なのか、気圧のせいか、病気か。各自が元々備えている精神周期のバランスか、こうして考えていること自体か。その他にも要因は細分化できるだろうからつまり不明で。なにが言いたいのか自分でもわからないけど、とにかく今はKANさんの「世界でいちばん好きな人」を繰り返し聴いています。

 

ムービーマナー

今週観た映画「月」「正欲」「ゴジラ-1.0」

3分の2、磯村勇斗くん。静岡県沼津市出身ということで同郷からか、親近感がわく。

演技が好き、と言っても作品によってキャラクターやアプローチの仕方が違うわけだから、実はあんまり芯のない共感性の低い言葉だったりして、結局は顔が好き。

自分自身が濃い顔だからか、好きなタイプは濃い傾向にある。山田孝之、斎藤工、岡田准一。でもたまに、顔つきは爽やかなのにその雰囲気にぐっと惹かれる人に出会う。それが最近では磯村くんでした。

 

いつも映画始まる前は不安で、隣に座る人がどうか最低限のマナー守れる人であるようにと願ってる。隣ならずとも近くに座る人の気配は大事で、以前に上映中ずっとバッグの中をガサゴソする人とか、どっかで買ってきたせんべい食べてる人とか、家で見とんかってくらい友達と喋ってる人もいたし、本人的には配慮しながら操作してるつもりでもめちゃくちゃ光が漏れてるスマホとか、その観てる映画にもよるけど(話の中身は重要じゃない、映像の刺激を追っていればいい系ならまだ打ち消せる可能性がある)、一度そういうのを意識するともう目の前の画面に集中できなくなってくるから勘弁してほしい。

 

今回も「正欲」を観てるとき、隣にいた女性二人組がずっとポップコーンをかしゅかしゅ音をたてて食べていて、んーとなった。売られているものだし、ある程度は音もする食べ物だけど、せめて口を閉じて食べて欲しかった。開いたまま咀嚼したらそりゃ、かしゅかしゅするよと。しかもバケットの中に手を突っ込んで、今味付けしてんの?ってくらいかき回しながらポップコーンすくっていて、また映画自体が静かな場面が多いもんで余計にそれらの音が目立っていた。あからさまだったらまだ「すみません・・ちょっと、」って言えたかもしれないけど、今回のは感じ方の違いもあるからその状況に慣れるしかなかった。まあでも、なんやかんや映画は楽しめた。

神戸八重子を演じていた東野絢香さんをこの映画で初めて知ったのだけど、とっても良かった。

 

新宿に行っても映画館と世界堂と紀伊國屋くらいしか行く用事がなくて、そのトライアングルの中をいつも歩いてる。東口駅前の新宿通りと靖国通りを行ったり来たりするのが俺にとっての新宿。