中山先生

おもちゃを箱の中に置いていく。

毛糸の動物、レゴの人形、ゴム製の恐竜、西洋風の建築物、砂が敷き詰められたその場所にはいくらか不似合で、まるで夢のようなチグハグさが生まれている。なのになぜだかそれが落ち着くようでもあって、しばらくその作業に熱中していた。

それが「箱庭療法」という名の心理療法の一種だと知るのは当分後になってからで、その日、精神科の先生から診断された「うつ病」という名前がもつ色々な背景も、この時はまだ何も知らなかった。

 

処方された薬を抱えながら車に乗り込む。

この時、母親の気持ちはどんなだったろうか。表情も、車中の会話も今となっては思い出せない。ただぼんやりと、窓の外を流れる遠くの山々をみていた。いつまでもいつまでも視界に付いて離れない存在。当たり前にある風景。

大きく道を曲がるとき、バックミラーに吊るされた芳香剤が激しく揺れていた。

 

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家での暮らしは別段変わり映えなく、することもない怠惰な時間と共に日暮れを迎えていた。

そんななか同じクラスの花城が、家が近所ということで時々、学校で配られるプリント類を持ってきてくれていた。わざわざ足を運んでもらっているのに最初の頃は顔を合わせられず、代わりに母親に受け取ってもらっていた。本当に情けない。次第にその申し訳なさに後押しされ、少しずつ、顔を合わせて受け取れるようになった。

「どう?元気?」

「うん...まあ..」

「はやく学校こいよな」

「そうだよね...うん..」

会話はとりとめのないもので、花城の立場からしてもかける言葉がなかったと思う。後ろめたさを抱えたまま対峙する自分からも、話すための言葉は見つからない。お互いに苦笑いしながら短い時間を過ごした。でもそのたった何分かの時間が、唯一家族以外の人と接する貴重な時間でもあった。

 

 

毎週木曜日、学年主任の中山先生が家庭訪問してくるようになった。

中山先生はガタイがよく、メガネの奥にみえる目は細長くて、一見近寄りづらい印象だけど、話してみると物腰柔らかくて冗談も言う、そんな人だった。軽部アナウンサーに似ていた。

花城と入れ替わるように、その頃は中山先生が学校で配られたものを持ってきてくれた。日なが一日家にこもっている自分の体調や心の具合を気にかけてくれて、「無理しなくていいよ」という言葉を毎回かけてくれた。それだけの言葉でどれだけ救われたかしれない。

 

そうして毎週の雑談が楽しみになっていた頃、「いつかクラスに戻れた時、少しでも授業に追いつけるように勉強もしていこう」と、中山先生から提案があった。

クラスに戻る、その言葉に一瞬動揺が走り戸惑ったけど、信用している先生の期待を裏切りたくなかった。明るく、やりますと言ったものの、しかし当然同学年がやっている勉強などわかるはずもない。なのでまずは、小学校高学年の問題集から取り掛かることにした。