テレビっ子

「おひるやすみはウキウキwatching〜あっちこっちそっちどっちいいとも〜」

お馴染みのテーマソングがテレビから流れる。

タモリさんを中心に、各曜日のレギュラーメンバーがゲームをしたり、たわいもない雑談を楽しむ様子がそこにはあって、遅めの朝ごはんを頬張りながら、自分とは程遠い空間だなと思った。

 

 

夏休み明けのチャンスを逃してから三ヶ月、毎日の暮らしにある唯一の娯楽はテレビだった。

その頃スマホはおろか、携帯電話がやっと写真付きメールを送れる機能、いわゆる「写メ」のサービスを開始したような時代で、そんなことをまだ知らずに過ごしていた当時の自分にしてみれば、家にいて時間を浪費できるのはテレビを見ることだけだった。

 

平日、月曜から金曜日まで見る番組は決まっていた。

めざましテレビがやってる時間帯に起きて、そのままとくダネ、こたえてちょーだい、ニュースを挟んで笑っていいとも!ごきげんよう、昼ドラにはさして興味がなかったので流し見程度につけておき、それが終わると再放送のドラマが毎日二話ずつやるので、好きなドラマのときは欠かさずに見ていた。(中でも、やまとなでしこGTO踊る大捜査線は大好きで何回も観た)

夕方になると過去の名作アニメが再放送。だいたい「アルプスの少女ハイジ」「キテレツ大百科」「こち亀」「ワンピース」のどれかが定期的に放送されていて、静岡だったからか、初期の絵柄の「ちびまる子ちゃん」もその頃やたら見た気がする。

 

母親はもう何も言わなくなっていた。

三ヶ月も経つと家の中では不登校になる以前と変わらないような会話があり、自分も洗濯物を取り込んだり食器を洗ったりして、家での役割をこなすようになっていた。

三つ下の弟は毎日元気に小学校へ通っていて、兄の不具合に少しは違和感を感じていたかもしれないけど、それよりも学校で友達と遊ぶのが気持ちの中での優先事項としては高いようにみえた。

真意はわからない。でもそのおかげで、一日中家の中にいて過ごす自分の最悪さから目を逸らすことができたのは確かだった。

 

 

そもそも小学生の頃は、いつもふざけていて、わりと誰とでも話すような子供だった。

休み時間になれば、どんなに短い時間でもわざわざ校庭に出てドッジボールやらドロケーやらを集まってやっていたし、放課後は友達の家に行って日が暮れるまで遊んでいた。物静かなグループと話していることもあったし、サッカーや野球をしていた少しやんちゃなグループとはしゃぐこともあった。決して中心ではなかったけれど、中庸な立ち位置で学校生活を楽しんでいたと思う。

だからか、例えばいじめのように、明確にその理由の対象がいるわけでないのに不登校という状態に陥っていることに、ずっと整理がつかないまま、表面は健康体なのに精神だけが病んでいった。

 

f:id:Kond:20211028084755j:plain

そんなある日、母親から病院へ行こうと言われ、車に乗って30分。

着いたのは、焼津にある診療所の精神科だった。