はじめてのライブ

耳鳴りが続いている。

キーンと耳の奥で響いているものが、いつになったら治るのか分からずに、もしかしたらこのまま続いていくものなのか、いや、むしろいつかプツンと音が聞こえなくなってしまうのではないかという、えもいわれぬ不安が帰り道を包んでいた。

 

人生で初めての音楽ライブ体験は自らの意思ではなく、予定が合わずに行けなくなったチケットを友達から譲り受けたからだった。

高校生時代、当時はまったく興味の無かった木村カエラのライブ。

 

『キレートレモン プレゼンツ LIVE TOUR 2008 「+1」』

 

新しく発売したアルバムを引っ提げてのツアー。

しかしそんなトピックにはピンとこず、ただただ無料でライブが観れるのならラッキー!てなくらいの感情しか持ち合わせていなかった。まだ「Butterfly」で爆売れする前だったし、かろうじてTVCMで使われていた「リルラリルハ」を覚えていたくらい。

 

会場はアクトシティ浜松というJR浜松駅の目の前にある大きなイベント施設で、周囲には同じような高層ビルが乱立していて道路の道幅も広く、心なしか行き交う人々の服装も都会的でセンス良くキラキラ輝いて見えた。

ライブも初めてだったが、浜松も初めてだった。そして同じ静岡県なのにこうも違うもんかと驚いた。むしろ自分が住んでいたのは県庁所在地という冠があったので、地方都市とはいえ自分は県内で一番都会的で栄えている場所に暮らしているという、なんの根拠も証拠もない自負があり、単なるアホなんだけどそれゆえにショックが大きく、これから向かう木村カエラのライブ会場への足取りも自然と重くなった。(なんで?)

 

会場に着くとパンキッシュな格好の人がやたら目に付いた。

派手な髪色と派手な装飾品。ユニクロファッションセンターしまむらで全身を包んだ自分は完全に浮いているように感じた。ここにいてはならない、お前は場所を間違えてないか?の視線。ありもしない妄想、というかそれ以前に初めての空間なので、そこでのマナーが分からないことが余計に不安を大きくしていた。

唯一の救いだったのは貰ったチケットの座席が前から3列目という好ポジションだったことで、ファンでもなんでもない自分には勿体ないなと思いながら機材の置かれたステージをただボーっと見つめていた。

 

ファンではなかったものの、せっかくなので少しの予習くらいはしていた。ネットでsakusaku時代のショートヘアー姿を見たら一瞬で惚れてしまい、曲よりもビジュアルの変容の歴史を辿っていた。もしかしたらこの頃から自分のハーフ顔好きは始まったのかもしれない。アルバムも、聞き込んではいないが一聴はしたくらいの感じで臨んだ。

開演時間になり照明が暗くなった。さっきまで程よく賑やかだった会場の空気は一変し、歓声とともに拍手が起こった。胸は高鳴る。周囲の見よう見まねで同じようにリアクションをとる。拍手が収まりかけた時、ステージ左側から木村カエラがバンドメンバーと共に登場した。

 

顔が、顔が、、!!!!!!

ステージに向けられた何個かのスポットライトが照らす木村カエラ。その顔の小ささといったら、本当に誇張なしに自分の手の中に収まるんじゃないかというほどに小さく、そして圧倒的に可愛かった。それまで出会ったどんな女子よりも輝いてみえた。そんな存在が手を伸ばせば届いてしまいそうな距離にいる。これが本物か、これが芸能人か、と半ば呆然としながら見ていた。その刹那、一曲目の「Jasper」のイントロが流れ、一気に音が会場を支配した。

 

Jasperは打ち込みを使用したダンサブルな曲で、前後左右ではぴょんぴょん飛び跳ねたり手を上げたり、たまに後ろの方からは「ひょーぅ」「ほぅわっ」といった声も聞こえてきた。

木村カエラも楽しそうにジャンプしながら歌っている。時折客席の前方に視線を向ける時があり、目が合っているように感じた自分もこの会場と一体とならねばと思い、一生懸命に手を上げたり小さく飛び跳ねたりしていた。

理解する間もなく、曲を楽しむ余裕などなく二曲目「NO IMAGE」に突入。

バンドの生音が本格的に加わり音が立体的に、そして大きくなった。

普段イヤホンで聴いている時も結構大きめの音量で聴いていたけど、それとは比にならないくらいの音量が耳に押し寄せる。これ大丈夫なのかな?と少々怖くなりながらも、相変わらず周りの動きに合わせて動く。

五曲目には大ヒット曲「リルラリルハ」で更に会場の熱気は上がり、唯一ライブに行く前から知っていた曲だったから自分も素直に嬉しかった。

そして次の「STARs」のイントロで事は起こった。

まるでアンプが故障して爆発音でも鳴ってんのかと思うくらいに、まとまった音の振動が鼓膜に押し寄せた。それまでも大きいと感じながら、なんとか持ちこたえていた耳が「もう無理」と音をあげた。

 

 

それ以降の記憶はなんだかぼんやりとしていて、コール&レスポンスもアンコールの手拍子もしたような気がするのだけどあんま覚えていない。

ただただ残ったのは、木村カエラ可愛かったな。人形みたいだったな。という薄い感情と、会場を出て駅まで歩いている途中で気づいた耳の異変だけだった。

 

今となればその耳鳴りは数時間〜数日で治まるものだと理解しているけど、その時の自分は気が気ではなかった。慣れない環境に無理に身を置きすぎたせいでこの体に異変が起きている。かくも繊細だった自分のSOS信号に、なぜもっと早く自身で気がついてやれなかったのだろう。あーもうばかばか。そんなことを思っていたようないなかったような、帰りの電車でいつの間にか寝ていた。

 

 

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2021.4.23(金) 渋谷TUTAYA O-EAST

SuiseiNoboAz LIVE "3020"

 

ボアズ史上最大キャパのライブは相変わらず飾らず愚直に渋くてカッコよく、サプライズにMOROHAのアフロがサプライズ出演したりもして楽しかった。

そんでこれも相変わらずの轟音ファズ仕様で、今でも耳鳴りがするのだけど、あの頃みたいにあたふたはしなくなった。

結局初めてのライブ体験は本当に"体験"だけだったなという感じで、でもその後アルバムを全部聴きこむほどに木村カエラ大好きになったし、今こうして文章を書きながら思い出すように聴き返してみても良い曲いっぱいある。

中でも「STARs」が一番好き。