些細な違いへの偏愛は 退屈な調和に至る

映画「TAR/ター」を観た。ブログタイトルの言葉は、この映画の序盤に主人公リディア・ターが学生と対話するなかで出てくる台詞から。

なんともいえない感情のまま、2時間38分が終わった。

劇中の流れている音楽とか、音とか、登場する人物それぞれのふとした表情や間、何かあるようで何もないまま過ぎていく時間とか、でも出来事は深く底通していて、それは明らかだったりそうでなかったりもしていて、だから、そういういちいちが紛れもなく人間を映していて途方に暮れるしかなかった。

 

大絶賛!大傑作!最高、生涯ベストに入るくらいの面白さ!みたいにして言いたい映画じゃなくって、なんなんだろうこの感じは、と思って考えていたらみつけた、たまに出会う「この物語ずっと観ていられる」の映画だった。

ドキュメンタリーのようでフィクションだし、時間の使い方や画面の見せ方なんてとっても映画的なのに、そのどれもが作為的に感じなくてすっと入ってくる居心地の悪さ。

いや、うん、そうだよな、うーん、これは、そうそう、ああ、なるほどな、うん。みたいな相槌を心でうちながら観ていた。

 

劇中の音楽を担当したヒドゥル・グドナドッティルのサントラも、あらためて映像なしで聴いてみたらとてもよかった。小さく、遠く、奥のほうからずっと鳴っている音。不穏だけど美しい何か。

 

色んな人が色んな角度で詳細な内容については発しているだろうし、でも自分の気持ちを冷ましたくないからこの作品に関してはわざわざそういうのは見なかったけど、唯一トッド・フィールド監督のインタビューだけは読んだ。そこには作中に登場する人物の描き方そのままの語り口で、決して答えのようなものに行きつかず、でも丁寧に言葉を紡いでいるのを感じた。

それは以前、「C'MON C'MON」という映画を撮ったマイク・ミルズ監督のインタビュー記事を読んだ時の感覚とも似ていた。まなざし、のようなもの。

 

他に今週観た映画は「逆転のトライアングル」「ロスト・ケア」「RRR」「ゾンビランド」「香港国際警察」「M:I-3」「M:I-4」「M:I-5」「M:I-6」

高円寺での展示が終わり、北海道江別の蔦屋書店での展示期間も終えてひと段落。もう何度観たか分からないけれど、疲れた心にトム・クルーズのあの切羽詰まった顔の演技は効きます。